-熱いよう 熱いよう-
泣き叫ぶ耳の奥の声 音もなく膨れあがり
とびかかってきた 烈しい異常さの空間
たち罩めた塵煙の きなくさい
はためきの間を 走り狂う影
〈あ にげら れる〉
はね起る腰から 崩れ散る煉瓦屑の
からだが 燃えている
背中から突き倒した 熱風が
袖で肩で 火になって
煙のなかにつかむ
-水を! 水を!-
水槽のコンクリー角 水の中に もう頭
水をかける衣服が 焦げちって ない
電線材木釘硝子片 波打つ瓦の壁
爪が燃え 踵がとれ
せなかに貼りついた鉛の溶板
〈う・う・う・う〉
すでに火 くろく
電柱も壁土も われた頭に噴きこむ
火と煙の渦
髪のない老婆の 熱気にあぶ出され
のたうつ癇高いさけび
もうゆれる炎の道ばた
タイコの腹をふくらせ
唇までめくれた あかい肉塊たち
足首をつかむ ずるりと剥けた手
ころがった眼で叫ぶ
ああ
どうしてわたしは
道ばたのこんなところで
おまえらからもはなれ
し、死な
ねば
な
らぬ
か
峠 三吉「原爆詩集 死」(抜粋)
(画中の文)
あ……八月七日午前九時
この附近は相生橋
西誥 旧左官町
娘を探しに通行中
修羅の街を 死かばねの山目をおそいつつ
用水の中に顔を ふせたまま ほとりに
すがり肩を 抱き合って
死んで居る姿 あ………
水よ 水よ と叫んだでしょう
胸が一ぱいです
合掌
重苦しい思いで 二年間で出来上がりました
市内住吉町 小松キクエ 65才
-瞬時に街頭の3万は消え-
(画中の文)
壁にいどむ母親に 火はおそいかかる。倒壊した家の下にアア…。娘は、活きているものを 母は助け出す穴を遂に作れなかった。
昭和二十年八月六日 広島市西白島町
三次市 香川千代江
家庭の悲惨も同じであった
瞬時に倒潰した家屋の間から
焔に包まれる最後まで
助けを求めて掘られた腕
熱いよう熱いようの 細々と
つづいたよび声は遂にとだえても
助ける力を得ることなく
広島全市が焼けはてて骨となっても
骨のひらい手さえ帰って来ない
この時 たつ巻きをよび風をつのらせる炎の上
市の西北一帯に真黒い豪雨が降り
己斐の山上にしばらくかかっていた虹の色は
生き残った人々の記憶につよく残っている
峠 三吉「すべての声は訴える」
(抜粋)
-花のような元の姿は奪われて
泣きながら歩いた裸体の行列-
疎開家屋のあと片付けにとりかかっていた
中学校 女学校の下級生徒たち
又それを引率指揮していた先生たちの
最後の模様をどのように
つたえたらよいだろうか
思い思いの服装に新しい麦ワラ帽をかぶったり
歌を唄いつつ友人とふざけあったり
作業場に到着した すべて十三、四才の
少年少女たちが
突然の(不意の)閃光に出会い打ち倒され
煙のはれ間やっと起き上ったものは
すでに花のようなもとの姿は奪われて
煙のはれ間やっと起き上ったものは
すでに花のようなもとの姿は奪われて
着衣は焦げ飛び皮膚は剥がれて
肉が露出し顔はふくれた
降りくる石や材木に打たれた傷は
石榴のように口をあけて
母を呼び教師を呼び
歩けぬものは腹這って比治山方面へ逃れて行く
土橋方面の隣組は多くが火傷の傷手と
焔に追われ
天満川に這い降りて水に流されたらしく
この辺りの消息はよく分からない
峠 三吉「すべての声は訴える」(抜粋)
-川には無数の死体-
夜に入っても全市の炎は赤々と
空を焦がしている
このとき市の周辺の町村の
病院 学校 お寺 個人の家などには
逃れてきた人々が折り重なって倒れ
次々と口鼻から血を吐いて
死んでゆきつつあった
こうして即死したものは骨とドクロになり
火傷のものは一週間から八月中旬までの間に
膿と蛆にまみれたまま次々と死に
九月頃 無数の蝿が発生した
八月二十日頃より原爆症が始まった
体に無疵のものが髪がぬけ急に
下痢 嘔吐 発熱し
体に無疵のものが髪がぬけ急に
下痢 嘔吐 発熱し
口からの出血は止まらず
全身に斑点が現れ死亡する
この手のほどこしようもないこの症状が
生き残った人々の上を襲った
薬品類はすでになく
栄養を新鮮な果物を
といってもこの時国民の誰が
それらを手にし得よう
このような時でさえ一部の病院では
金のあるものは あたう限りの治療をうけ
身よりも金もないものは
形ばかりの治療で放置された
峠 三吉「すべての声は訴える」(抜粋)
●更新情報●
11/10 原爆と戦争展のご報告とご来場者の声アンケート掲載
戦争で犠牲となられた方々の御霊に謹んで哀悼の意を捧げます。そして、今もなお被爆による後遺症で苦しんでおられる方々に心からお見舞い申し上げます。
訪問者数
原爆・戦争・原子力等の関連本
検索は…